天文学の中でも、温度が数100万度ケルビンを超える高温プラズマを伴う天体、例えば恒星フレアや、ブラックホール周辺の降着円盤、超新星残骸、銀河団などを研究対象とするのが高エネルギー天文学です。これら高エネルギー天体が放つX線(波長の短い電磁波)は地上に届かないため、人工衛星を使って大気圏外から観測を行います。宇宙研は、古くから我が国の天文観測衛星の開発・運用を主導してきました。
当研究室は、自前の衛星開発に加えて、世界中の天文衛星を使った様々な高エネルギー天体の観測研究を進めています。既存のモデルに頼らない、基本物理法則に忠実な研究アプローチがモットーであり、中でもX線分光データの精密分析に基づくプラズマ診断を得意とします。これまでにも、原子物理学の知識を駆使した独創的な手法で、星間空間の衝撃波におけるエネルギー散逸過程や、超新星の元素合成機構に関する重要な知見をもたらしました。これらの成果と研究スタイルは、国際的にも高い評価を得ています。
超新星残骸や銀河団などの "光学的に薄い"
プラズマは、様々な元素からのX線輝線を含む特徴的なスペクトルを示します。したがって、スペクトル解析を通じて天体の物理情報を引き出すには、背後にある原子過程の理解が不可欠です。例えば、大学の量子力学で学習する角運動量理論や摂動論は、XRISM(下記)をはじめとする精密X線分光の観測データを解釈する上で必須の知識となります。一方、高エネルギー天体からの輝線放射に関与する多価イオン(多電子系)の物理的ふるまいは一般に複雑で、しばしば理論計算が困難な問題にも直面します。
そこで当研究室では、高エネルギー天体と等価な高温プラズマを実験室で再現して、その分光測定を行う「実験室宇宙物理学」を推進しています。実験を通して得られた原子データを高エネルギー天体のスペクトル解析に適用することで、信頼度の高いプラズマ診断(温度や元素量の決定)が可能となります。岐阜県の核融合科学研究所や、ドイツのマックスプランク核物理学研究所との共同研究です。
JAXA宇宙研は、 米国NASAや欧州ESAと共同で「X線分光撮像衛星XRISM」の開発を進めてきました。XRISM最大の特徴は、X線マイクロカロリメータによって実現する、高エネルギー天体の超精密X線分光です。XRISMの観測によって、銀河団プラズマの運動や元素組成、超新星残骸の衝撃波におけるプラズマ加熱過程、ブラックホール周辺の時空構造などが鮮明に解き明かされます。また、当研究室が推進する分光観測と実験室宇宙物理学のノウハウは、ここで真価を発揮します。
研究室主宰者の山口は、XRISMの副プロジェクトサイエンティストとして、国際チームによる科学成果創出活動を牽引しています。XRISMの概要およびミッションに関する私見についてはこちらの記事を、XRISMに期待される個別のサイエンスについてはこちらのサイトをご覧ください。今後は本サイト上でも科学成果を紹介していく予定です。